2012年5月11日金曜日

中央研究院の日々: その1 地理・環境篇

台北に赴任してはや6週間。市内で用事がある日以外は,受け入れ先である中央研究院社会学研究所の研究室に通う毎日である。調査が軌道にのれば,研究室の外での活動が増えていくことになるだろうが(ぜひそうありたい・・・),今しばらくは日本から持ってきた仕事と,新しい研究テーマに向けた準備(正確にいえば「準備の準備」)のため,オフィスにこもる日が続きそうだ。

中央研究院は,民国期の南京で設立され,台湾移転後,1950年代半ばから本格的な学術活動を再開した総統府直属の学術組織である。台湾ではたいへん権威のある学術機関だ。台北市東部の南港の広大なキャンパスには,物理,数学,遺伝子研究の研究所から歴史,経済学,民族学,社会学の研究所まで,合計30もの研究所・センターが点在している。


数理大道の椰子並木



とんがり葉っぱに気をつけて!



15年前には,ひどく渋滞するバスに延々と乗るほか市の中心部からの交通手段がなく,地の果てのように遠く感じられた中央研究院であるが,MRTができて飛躍的に便利になった。朝は,MRTで板南線南港駅まで行ってから5分ほどバスに乗り,さらに10分ほど歩いて研究所へ。帰りは,研究所の友人と南港駅までタクシーに相乗りして,MRTで帰宅する。

中央研究院を訪れる人の大多数は正門からキャンパスに入るか,南側の門からまっすぐに延びる椰子並木を歩くことになるだろうが,社会学研究所,政治学研究所(準備処),台湾史研究所等の入る「人文社会科学館」をめざすのなら,「中央研究院」の一つ手前の「中研新村」バス停で下車し,キャンパスの北側の門から入るルートがお勧めだ。

研究院路70巷を入って,「松園牛肉麺」(←ここの牛肉麺はスープがたいへん美味,ぜひお試しを!)の前を通り,正面にこんもりした林が見えてきたら左に曲がってキャンパスに入る。

ここを左に



キャンパス内を流れる四分渓

この流れにはたくさんの呉郭魚(ティラピア)が。台北のデパ地下で「いずみだい」という日本語シールが貼られて売られているのはこの魚だそう。

この小さな流れに沿って5分ほど歩き,最初の橋を渡れば,人文社会科学館の威風堂々たるビルが見えてくる。




敷地のいちばん奥にそびえたつ人文社会科学館

手前に見えるのは小さなお廟。ここだけは研究院の敷地ではないらしく,朝から地元の人たちが集まってのんびり世間話をしている。米国の一流大学帰りのスタイリッシュなPh.Dたちが抽象的な思弁の世界にたゆたう研究室の窓から,お廟の赤いぼんぼりと長椅子でくつろぐお年寄りの姿が見渡せるのがいい。

新装開店した「哲思軒cafe sinica」。改まったランチを楽しみたいときに。


人文館の裏手には,こんもりとした小さな山がある。中国語で「靠山」(山の近く)という言葉は,「後ろ盾,パトロン」という意味である。台風の季節には,傾斜地に近い建物ゆえの怖さを感じることもあるのかもしれないが,穏やかなこの季節に,山にもたれかかるようにして立つこの建物のなかにいると,まさしく緑の手に後ろから抱きかかえられているような安らぎをおぼえる。小山のふもとには,地元の農家の小さな畑があり,農作業をする人の姿が見える。

人文館の窓から



4月の第一週,この窓から初めて下の畑を見下ろしたとき,野菜畑の上を舞う蝶の群れが目に飛び込んできて,おもわず息を呑んだ。「てふてふ」という文字そのままに,山の斜面を吹き上げる風にのり,ひらひらと飛び交う,白い蝶,黄色い蝶。

外国からやってきた私たちは,「台湾には春も秋もない。暑い季節と暑くない季節しかない」と,気軽に言うけれども,柔らかな日射しのなかに無数の蝶の羽がきらめくこの風景が,春のものでなくてなんだろう?

ビルの正面側には,南港山系の山がそびえたつ。5月に入って,蝶の群れが姿を消すとともに,激しい夕立が降ることが多くなってきた。さーっと雨が通るたびに,木々の葉っぱがいっせいに裏返り,山肌がにわかに白くざわめく。
山襞がいくえにも重なり合い,稜線が空を複雑なかたちにきりとる南港の空を眺めていると,15年前の私には分からなかった台北の山々の美しさが心に沁みてくる。

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